特別講座 1
国産小麦遍歴(1) 私たちの初体験
ラーメンを打つ「らぁ麺 飯田商店」の飯田将太さん、うどんを打つ「松ト麦」の井上こんさん、うどんもラーメンも打つ「うどんAGATA」の山縣浩和さん。そんな3人が語り合う、うどんから見た小麦、ラーメンから見た小麦。 同じ小麦でも立ち位置が異なると見え方が変わり、それが発見を生み、話が弾みます。 「小麦の教室」の特別講座・第1回はご挨拶がわりに、3人の「国産小麦遍歴」です。 鼎談場所は山縣さんのお店「うどんAGATA」。 「ラーメンを作りながら、『終わったらAGATAでうどん食べよう』って考えてしまう」と言うほど、飯田さんの大好きな店。 司会は、校長の池田浩明です。
うどんAGATA
讃岐うどんを原点として独自の麺世界を構築。麺線のうつくしさ、つるつる感、グミのようなコシ、北海道産小麦ならではの甘さを両立。いりことこんぶ中心に、かつお節、さば節を使用し、丁寧に、香り豊かですみきったダシを引く。 神奈川県中郡大磯町月京29-7 0463-68-6888 月火水 11:00~14:00(L.O.14:00) 土日 11:00~14:00(L.O.14:00) 木金休及び不定休(Facebook、Twitterで要確認)
うどんスナック 松ト麦
1日に2種類の麺を提供。1種類は定番の「ネバリゴシ」。もう1種類は北海道から沖縄まで21種類の品種から週替わりで提供、全国の小麦を食べ比べられる。カウンターでお酒を飲みながら客同士が地元のうどん談義に花を咲かせることも。 東京都世田谷区野沢2-26-5 野沢ビルB1F 土 12:00~15:00 17:00~22:00(L.O.21:15) 日月 17:00~22:00(L.O.21:15) 火水木金休 井上こんさんのTwitter
デンプンが好き
池田:井上さんは、うどんライターからはじめて、品種に特化したうどん屋さんをはじめられましたよね。
井上:はじめはただ食べ歩いて、うどんを食べることに満足していたんですけど、食べ歩く中で、うどんに使う小麦粉にはいろんな品種があることを知りました。家でうどんを打ちはじめると、麺を設計する上で、品種の特徴が一番のポイントだってわかってきたんです。ひとつの品種がわかると、『じゃあ、これは?』『じゃあ、これは?』って。そこからですね、どんどん品種に興味を持ちはじめたのは。
飯田:ただうどんを作るだけじゃなく、その奥に行きだしちゃったんだ。
井上:麺をデザインすることに興味が出てきた。原料が面白くなった。私、なめことかなまことかじゅんさいとか好きなんですけど、ああいうにゅるにゅるしたもの好きでああいうにゅるにゅる性をうどんに求める時もあって。それで、ああ、デンプンの力だってなって、デンプンがめっちゃ好きになって(笑)。デンプンのことすごく勉強しました。
飯田:すげえな。
遺伝子とデンプンの性質との関係
デンプンの分子には「アミロース」と「アミロペクチン」の2種類がある。2つがどのような割合で存在しているかによって、食感がもちもちかどうか決まる。 アミロペクチンが多い(=アミロースが少ない[低アミロース])ほどもちもちに。これを決定しているのは、アミロースの合成に関与する3種類の遺伝子。 ・3種類がぜんぶ揃っている=普通アミロース(もちもちしない) ・1つ欠けている=やや低アミロース(わりともちもち) ・2つ欠けている=低アミロース(すごくもちもち) ・3つ欠けている=もち小麦(超もちもち) 出典:「国産小麦の品質特性と今後の方向性」(国県)農研機構 西日本農業研究センター麦類育種グループグループ上級研究員 池田達哉、19〜22ページ参照)
飯田:今日は勉強させていただきます(笑)。
池田:品種に興味を持ったのは、農学部に行ってたっていうのもあるんですか?
井上:そうですね。なんでそうなるかって知りたい。なんで人間には5本指がちゃんと生えるの? って、そういう理由が知りたくなるんです。
飯田:俺とは真逆の人間かもしれない(一同笑)。僕は感覚のほうなんで、そう深くまで突っ込んで考えない。理由が知りたい時はあるけど…なんて言ったらいいのかなあ(笑)。
きっかけは「ラーメンの鬼」
池田:飯田さんが、国産小麦を使うようになられた、きっかけは?
飯田:はい。もう佐野(実)さんです。「支那そばや」のラーメンを食べて、美味しいと。それまではラーメンってスープ寄りだと思ってたのに、「あれ? 麺が美味しい。なんでだろう」と。国産小麦って雑誌で調べて。そこからですね。
佐野実
支那そばや店主。 1951年生まれ、2014年没。 TV番組『ガチンコ!』で「ラーメンの鬼」として出演、有名人に。 名古屋コーチンなど食材を厳選。 国産小麦にいち早く着目し、北海道産小麦「ハルユタカ」で自家製麺を行う。 食材や製法への異常なこだわりにとどまらず、いい素材を作る生産者を惜しみなくリスペクトするなど生き方でもラーメン界に大きな影響を与え、その功績は計り知れない。
池田:最初から自家製麺ですか?
飯田:はい。チェーン店(叔父の営む「ガキ大将ラーメン」の店長を務める)とかやってた頃は違いますけど。大体ラーメン屋さんってスープから仕立てに入るじゃないですか。自分はその前にもう麺を打ちはじめた。
なんで国産小麦やってなかったのか?
池田:山縣さんは?
山縣:僕は、うどんをはじめたタイミングで同時にラーメンも勉強したんですよ。讃岐ってその頃はまだ外麦が結構普通で、今も結構普通だと思うんですけど。
外麦(がいばく)
外国産小麦を略して外麦と呼ぶ。ただ、慣用的には、フランス産やオーガニックなどのプレミアムな小麦ではなく、強力粉ならアメリカ・カナダ産、麺用粉ならオーストラリア産小麦から作られる汎用性のある小麦粉が「外麦」と呼ばれる。
山縣:僕もどちらかというと外麦から入ってるんで、外麦のよい面、ていうのもけっこう知ってる。今も季節によって外麦を使うんですけど。今、冬場はコクとか旨みとかそういうのを出したいんで、国産小麦100%でやってるんですけども、夏場とか冷たいすっきりしたうどんにしたい時は外麦をブレンドします。エッジもぴっと立って、透き通ったようなすっきり麺にしたいから。
池田:外麦だとすっきりした味になるんですね。
山縣:国産小麦は、ラーメンの勉強した時に、なんでみんなこんなに国産小麦にこだわって、一所懸命やってんだろうっていうところから入っていきましたね。やっぱり入れると、味が変わってくるんで。逆に、うどん屋さんって何で今までやってなかったのかなって思う部分もありますね。もちろん外麦のよさもありますし。
井上:私も打ちはじめた当時はそれこそスーパーにあるような小麦粉からはじめたんです。その後、日清製粉が出してる、「白椿」(うどん用の1等粉)とかを使いはじめて。だけどいろいろ調べていくと、商品名と品種が別だっていうことがわかった。日本酒とかはちゃんと「山田錦」とか「○○産」って書いてるのに、うどん屋さんとか、スーパーのチルドのとこにあるのも、書いててやっと「国産小麦使用」ってすごくざっくりすぎるなと思って。そっからいろいろ調べるようになったのが7年くらい前かな。ちょうど、国産に入ったタイミングです。
池田:使いはじめると面白くなっちゃうんですか? いろんな品種があるというのが。
井上:めちゃくちゃ面白くなっちゃいました。この品種はここでしか作れない、東北なら東北でしか作れない理由とか、そういうの聞きはじめるとめちゃくちゃ面白いです。
次回につづく。